国家資本主義(ソ連邦)

社会主義は共同幻想だったのか

(1917年よりのロシアの歴史概観)
 第一次世界大戦中、1917年2月と10月にわたりロシア革命が起きた。この革命はロマノフ朝の専制君主制の崩壊、 臨時政府の樹立そしてボリシェヴィキ・社会主義政権成立までの一連の内乱を言う。 レーニンによれば2月の革命は帝政から資本主義への移行いわばブルジョワ革命であり、10月の革命が資本主義から社会主義への 社会主義革命なんだと定義する。ロシア革命はニ段階革命であり、先進国でなく後進国こそ経済的格差という帝国主義の矛盾が存在し、革命が起こる原因があったとし、 その正当性を内外に主張した。そして1922年12月30日にソヴィエト社会主義共和国連邦(ソ連邦、ソ連)が成立する。 世界大戦中であったので戦時共産主義という強圧的政策により内戦と外国の干渉に対抗した。政治的には議会制民主主義をブルジョワ的とし、 ボリシェヴィキ独裁体制(プロレタリアート独裁体制)のもと、反革命を抑え込んだ。対外的には、コミンテルンを設け、国際共産主義運動により 諸外国の干渉の突破口を開くというしたたかさも見せる。
 第一次世界大戦と第二次世界大戦の間を相対的安定期といわれ、政治的経済的に世界が安定的に発展し、社会が安定した平和な時代が訪れた。 その後のソ連の歴史をやはり大雑把に概観しよう。1922年新経済政策(ネップ)を打ち出し、部分的に資本主義的政策を入れ国内経済の安定路線に 舵を切るとともに、対外的にも宥和政策により国際協調に転じる。この後一党独裁からスターリン独裁へはそれほどの時間を要しない。
1928年に始まる第一次五か年計画、続く第二次五か年計画で農業の集団化及び工業の発展を図り、体制へ批判的な対立者はことごとく粛正する。 1929年の世界同時恐慌も社会主義経済も難を逃れ、1936年スターリン憲法でソ連の社会主義の建設は完成したと言われる。
 つかの間の平和な時代の後、ソ連にとって苦難と躍動の時代が始まる。1939年ドイツが第二次世界大戦でポーランド侵攻すると、 ドイツとの不可侵条約によりソ連はポーランド、フィンランドに侵攻し、バルト三国を併合に至る。
しかし、1941年6月突然ドイツがソ連に侵攻し、独ソ戦に突入。このことにより米英と協調し、連合軍に参戦となる。 さらに1945年2月ヤルタ会談で対日参戦を約束し、東アジアでの領土、権益獲得へと動いた。 1945年国際連合設立に加わり安全保障理事会の常任理事国となった。しかしながらドイツ分割にあたりソ連は東ドイツに社会主義政権を立てベルリン分割で米英と 大きく対立した。ここに東西の冷戦がはじまる。
 ここまでがソ連の成立から冷戦の始まりまでの大まかな歴史の流れであろう。ソ連の解体まで年号と政権名を記し一連の作業を終え次の本題に入りたい。 1953年スターリンが死去、1956年フルシチョフ政権によるスターリン批判、1964年10月にフルシチョフ解任とブレジネフ政権、1985年ゴルバチョフ政権によるペレストロイカ、 1989年冷戦の終結(アメリカ大統領ブッシュ)宣言そして1991年ゴルバチョフによるソ連の解体宣言。

(問題の所在)
 さて本題に入ろう。
ソヴィエト社会主義共和国連邦(ソ連邦、ソ連)は政治的には社会主義国家であると定義しても経済学的には国家資本主義と規定するというのが私の理解である。 このことを整理するために次の論点より考えていきたい。
①現代において社会主義国家は成立するのか
②計画経済は社会主義国家のみで可能なのか
③帝国主義では
④プロレタリアート独裁とは
⑤個人独裁は良いのか
⑥現状分析は可能か(イデオロギー優先の否定)

(現代において社会主義国家は成立するのか)
 どちらかというと経済学的議論から逸れ、政治学、哲学や歴史学が相応しい問題と思われるが経済的与件として触れてみよう。共産主義社会とは生産力が 飛躍的に高く商品等がまるで空気の如く手に入る階級のない平等な社会らしい。そこは高度に発展した社会で貨幣は消滅(意味をなさない)し、所有権も同様だ。 この桃源郷と今の時代の間にあるのが社会主義段階の社会とされる。資本主義社会は生産手段を持つ資本家階級と自分自身を商品として売る労働者階級とで構成される。 自分で働き生産手段を持つ農民などのプチブルは二大階級に属さないが少数ながら確かに存在する。
レーニンによるとこの生産手段を資本家階級等から国家に移し、ボリシェヴィキ独裁による計画経済で社会主義による国家を実現できるとする。
 もう一つ脱線しよう。法学で考えるに所有権は物権とされ、使用価値に当たる用益権と交換価値に当たる担保物権の束と理解される。企業経営の観点からすると 生産手段を所有していようが、賃貸借あるいは使用貸借であろうがあまり差異はない。G-W-G’そして W-G-W' 価値増殖過程は変わらない。
 1917年のロシア革命は二段階革命であり、一応資本主義社会を経由できているから社会主義国家は成立するとするが、経済学的に社会主義国家とはどういったものか 定義されていない。コルホーズやソホーズで農民の社会化、企業の社会化、計画経済の導入が社会主義経済だとするならお粗末すぎる。
またロシアのような後進国では社会主義革命は起こりえないとするのが当時ドイツ社民党のカウツキー等の主張である。資本主義の発展と民主主義の成長を両軸に 社会主義国家が成立するとするなら、ロシアのそれはあまりにも貧相過ぎる。企業所有と経営の分離を考えると、ほとんどの先進資本主義国のほうが社会主義国と 呼ぶに値する。

国家資本主義(ソ連邦)

(計画経済は社会主義国家のみで可能なのか)
ソ連の成立過程 -----現在、記述中-----